大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和44年(わ)962号 判決 1971年10月07日

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

一、本件公訴事実の要旨

「被告人両名は、昭和四四年一一月一三日、京都大学熊野寮渡辺仁主催のもとに京都大学、京都工芸繊維大学、立命館大学各全共闘傘下学生ら約七〇〇名が「佐藤訪米阻止全京都学生総決起」を標榜して、京都市左京区吉田本町所在の京都大学本部構内から同市東山区円山町官有地円山公園に至るまでの間において集団示威行進を行なうに際し、京都府公安委員会より「道路上でジグザグ行進するなど一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という許可条件が付せられていたのに右条件に違反して、同日午後三時五三分ころから約一分間にわたり、同市左京区東大路通一条交差点において、約一五〇名からなる同デモ隊第一梯団がジグザグ行進を行なつた際、共謀のうえ、隊列先頭部列外で同デモ隊に対面し、右隊列先頭員が横に構えもつた棒を握り、笛を吹き、後退しながらこれを引張るなどして同梯団のジグザグ行進を誘導し、もつて前記許可条件に違反して集団示威行進を指導したものである」

二、考察

まず<証拠・略>を総合すると、被告人両名は、いずれも公訴事実記載の集団示威行進に参加したものであるが、同年一一月一〇日越智伝一から京都府公安委員会に対しなされた同行進の許可申請について、翌一一日同委員会が昭和二九年京都市「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下、単に本条例という。)六条一項本文によりこれを許可するとともに同条項但書(3)に則り「道路上でジグザグ行進‥‥するなど一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という条件をつけていたところ、同月一三日午後三時五三分ごろから一分間ぐらいにわたり、同市左京区東大路通一条交差点において、前記行進参加者中第一梯団約一五〇名が四、五列の縦隊を組んで一条通を西進後同交差点を左折して東大路通を南進しようとするに際し、前記条件がつけられていることを知りながら、同交差点の市電南行軌道に一回、同北行軌道に二回それぞれまたがるジグザグ行進を行なつたが、その間相互に意思を通じ、同梯団先頭列外で右約一五〇名に対面し、同先頭の約五名がともに横に構え持つた棒を握り、後退しながら引張るなどして右ジグザグ行進を誘導したことが認められる。

なお、前記交差点における本件ジグザグ行進の状況に関し、前掲証人武下秀立、同田中梅也はいずれも本件第一梯団は前記交差点市電北行軌道に三回ほどまたがつてジグザグ行進を行なつた旨供述し、これに反し、前掲証人近藤真一郎、同杉原正一および被告人両名はいずれも第一梯団は右北行軌道に一回ぐらいまたがつてジグザグ行進を行なつたにすぎない旨供述するので、この点について検討するに、前掲証拠とくに証人武下秀立の供述によると、第一梯団は京都大学本部構内を出発して一条通を西進し前記交差点を左折するにあたり、その先頭部がジグザグ行進を行なつたのに合わせて後続部も先頭部のジグザグ行進のコースと同様のコースをとつてジグザグ行進を行なつたことおよび前掲司法警察員作成の昭和四四年一一月一三日付「写真撮影結果について」と題する書面の添付写真四葉目ならびに司法巡査作成の同年同月一四日付「集団示威行進の写真撮影結果について」と題する書面の添付写真二葉目と三葉目とに本件ジグザグ行進のコースは前記交差点において市電南行軌道に一回、同北行軌道に二回それぞれまたがる場面が撮影されていることが認められる。これらのことに徴すると、本件ジグザグ行進の状況は前認定のとおりであつたと認めるのが相当である。右認定に反する前記証人武下秀立、同田中梅也、同近藤真一郎、同杉原正一および被告人両名の各供述はいずれも信用し難い。

よつて考えるに、本件訴因は、要するに、被告人両名が共謀のうえ本条例六条一項但書によつて京都府公安委員会がつけたジグザグ行進等「一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という条件に違反したジグザグ行進を指導したのであるから、同人らは本条例九条二項によつて処罰されるべきであるというのである。当裁判所も、前叙のとおり、公訴事実記載の(外形)事実をほぼ認める。ところで「集会、集団行進及び集団示威運動」(以下、これらの行為をあわせて単に集団行動という。)が、憲法二一条により保障された重要な国民の権利である表現の自由の行使の一有力手段であつて、最大限に是認されるべきであることはいうまでもない。しかし、集団行動は、その方法は勿論、その形態によつても公衆に対する危険を及ぼすことがあるので、集団行動に対し、公衆に対する危険を防止するに必要かつ最小限度の規制が加えられれることもやむをえないというべく、従つて本条例がその一条において、集団行動が「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすことなく行われるようにすることを目的とする」と規定するのも、右のことを明らかにしたものと解する。本件において、前認定のように集団示威行進の許可申請について京都府公安委員会が本条例六条一項本文によつてこれを許可するとともに同条項但書(3)にいう「交通秩序の維持に関する」条件として「道路上でジグザグ行進……するなど一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という事項をつけていたのであるが、道路上のジグザグ行進は、その状況によつては、公共に対し危険を及ぼすのであるから、右条件事項は、京都府公安委員会によつて本条例における前記目的を達成するために必要な規制としてつけられたものと考える。しかし、集団示威行進は、元来市街地において、一般の交通秩序を乱す可能性がある行為であつて、道路交通法七七条一項四号にいう「祭礼行事」等と同様、「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは、方法により道路を使用する行為」であるから、京都府公安委員会が京都府道路交通規則一四条(3)によつてこれを道路交通法七七条一項による道路使用許可を要する行為に定めているが、集団示威行進に際し行なわれるジグザグ行進もそれ自体道路における「交通秩序を乱す」蓋然性が高い行為であることにかんがみるとき、道路交通法七七条二項三号によつて所轄警察署長が集団示威行進のための道路使用を許可する際同条三項(または四項)によつて付する「必要(または新た)な条件」として隊伍等の形式のほか行進形態をも指定し、ジグザグ行進を棄却し、これに違反する者を同法一一九条一項一三号によつて処罰することもできると解する(集団示威行進が前叙のとおり憲法二一条によつて保障された重要な国民の権利である表現の自由の行使の一有力手段であるが、同時に前述のように「一般の交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為」であるから、一般の交通秩序を確保するために必要最小限度の規制をうけることもやむをえないのであつて、京都府公安委員会がこれを前記京都府道路交通規則による規制にかからしめることおよびジグザグ行進が集団示威行進を効果あらしめるに必要不可欠な行進形態であるとはとうてい考えられないから、所轄警察署長は道路交通法の前記規定によつてこれを禁止、処罰することができる――もつとも、乱用のおそれが皆無とはいえないが――と解すべく、右規制、禁止をもつて直ちに表現の自由自体を禁圧、制限する違憲、違法な措置であるとはなし難い。)(本件においては、後述のように道路交通法の前記規定によつてジグザグ行進禁止の条件が付せられていなかつたが、現に本件以外の、本条例によつて規制される集団示威行進について、あわせて道路交通法の前記規定によつてもジグザグ行進禁止の条件が付せられる事例が存することは、当裁判所が取調べた北川敏夫の供述合意書によつて明らかである。)。本件において前認定のような被告人両名のジグザグ行進誘導行為は、ジグザグ行進の指導行為の一態様であつて、同行進の参加者の実行々為と異なるところがあるにしても、同行進すなわち道路における「交通秩序を乱す」蓋然性が高い行為の実行の一態様であることに変りがなく、同行進参加に包摂される行為であり、また同行進についての、本条例九条二項にいう「主催」「指導」「煽動」(これらの行為をあわせて、以下単に指導等という。)の各行為も、同行進の他の参加者の行為と異なる、上位類型に属する行為であるにせよ、それだけでは、被告人両名の本件誘導のような行為と等しく、いずれもジグザグ行進すなわち道路における「交通秩序を乱す」蓋然性が高い行為に関与したにとどまるのであるから、以上の各行為がいずれも道路交通法の前記規定による規制、処罰の対象になることはあつても、はたして直ちに右各行為に出た者を本条例九条二項によつて処罰することができるであろうか。もしこれを積極に解するとすれば、ジグザグ行進についての、以上の各行為が、単に道路における「交通秩序を乱す」蓋然性が高い行為に関与したにとどまる限り、ジグザグ行進についての他の参加行為と何ら異なるところがないのにかかわらず、前記各行為に出た者は、本来同九条二項によつて「六月以下の懲戒若しくは禁錮又は三万円以下の罰金」に処せられるのに対し、他の参加者は、前記道路交通法一一九条一項一三号によつて「三月以下の懲役又は三万円以下の罰金」に処せられるにとどまる。このことは、等しくいずれも道路における「交通秩序を乱す」蓋然性が高い行為に関与したにとどまる行為に対し、本条例が、地方自治法にもとづいて地方公共団体によつて制定された定めであるのに、国の法律である道路交通法よりも重い刑罰を設けたことになり、地方自治法一四条一項にいう「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて……条例を制定することができる」との規定にてい触する疑いがある。はたして、本条例において、右のことを意識しながら、あえて道路交通法よりも重い刑罰が設けられたのであろうか。否、道路交通法と本条例とは、前記各関係規定にもとづいて付する条件によつて等しく道路における集団示威行進の形態を規制し、右条件に違反する行為に関与した者を処罰するにしても、その間右行為に対する法的評価に関する着眼点を異にするのではなかろうか。既に説示したところから明らかなように道路交通法の前記規定によつて規制、処罰することができるグザグ行進は、道路における「交通秩序を乱す」蓋然性が高い行為にとどまるのであるが、本条例九条二項によつて処罰される者が指導等の行為によつて関与したジジグザグ行進とはいつたいどのような行為をいうのであろうか。ここに本条例の右規定における違法構成要件を実体的に把握する必要が生じる。すなわち、ジグザグ行進が行なわれた場合、右のように、それだけで直ちに同行進についての、被告人両名の本件誘導のような行為や指導等の前記各行為が、他の参加行為と同様、道路交通法による処罰の対象になることがあるいは格別、もしその行為者らが本条例九条二項によつて処罰されるべきであるとすれば、その実体的理由は何であろうか。これを知るには、まず、本件において本条例六条一項但書(3)によつてつけられた条件によつて禁止されたジグザグ行進とはいつたいどのような状況の行為であるべきかが解明されなければならない。そうとすると、本条例が目的とする保護法益およびこれに対する侵害行為(処罰対象)がそれぞれ何であるかが確定されなければならないであろう。その手がかりは本条例六条一項但書(3)「交通秩序の維持に関すること」という規定と、これにもとづいて本件においてつけられた「道路上でジグザグ行進……する等一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という条件事項のみならず、本条例の目的にたちかえつて求められなければならない。けだし、右のような「交通秩序の維持に関すること」という立言やこれにもとづいてつけられた本件条件事項は、あたかも道路交通法における「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る」(一条)目的を達成するのと異ならないかのようにみえ、その必要性がなくなるからである。再び繰返すならば、本条例は、集団行動が「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすことなく行われるようにすることを目的とする。」(一条)のであつて、道路交通法における前記目的とは異なる。すなわち、道路交通法においては、保護法益は道路交通秩序であつて、規制、処罰の対象はそれに対するいわゆる抽象的危険であるのに対し、本条例においては、保護法益は「公衆の生命、身体、自由又は財産」であつて、規制、処罰の対象はそれらに対する「直接の危険を及ぼす」行為である。そうとすると、本件において本条例六条一項但書(3)「交通の秩序に関する」条件として禁止された「ジグザグ行進」は、本条例九条二項によつて処罰される者について成立する犯罪の違法構成要件を最終的に充足する行進形態ではなく、また、「……するなど一般の交通秩序を乱すような行為」も、右違法構成要件を最終的に充足する行進形態の総称でもなく、それらは、右違法構成要件の一部ではあるが、これを最終的に充足する以前の過程としての行進形態のひとつであり、またその総称にすぎないと解するのが相当である。以上の説示にかんがみるとき、本件において前記条件に違反した理由で本条例九条二項によつて処罰される者が指導等をしたジグザグ行進は、これによつて一般車両、一般歩行者が通行を阻害される台数、人数と時間等その他の態様により、それらに対し暴行、脅迫、殺傷、損壊等その他不測の事故をひきおこすおそれなどそれらの通行を著しく阻害する等し、または著しく阻害する等のおそれがある事態をひきおこし、公衆の生命、身体、自由又は財産にとつて具体的に危険な行為をいうものと解すべきである(なお、本条例六条一項但書の規定によつてつけられた条件に違反する行為とは何であるかについて、本件とは事案を異にするが、大阪高等裁判所昭和三八年(う)第四九六号、同三九年一〇月二日第一刑事部判決参照)。要するに、道路交通法七七条一項四号、京都府道路交通規則一四条(3)による集団示威行進のための道路使用許可申請に対し同法七七条二項三号によつて所轄警察署長がこれを許可するとともに同条三項(または四項)によつてジグザグ行進を禁止する条件を付していた場合、この違反行為者――被告人両名の本件誘導のような行為のほか、同行進の指導等の前記各行為を行なつた者をふくめ――を同法一一一九条一項一三号によつて処罰することができようが、たとい本条例六条一項但書(3)によつて京都府公安委員会がジグザグ行進を禁止する条件をつけていた場合においても、行なわれたジグザグ行進が前叙のような事態をひきおこし、公衆の生命、身体、自由又は財産にとつて具体的に危険な行為でなければ、被告人両名の本件誘導のような行為をふくめ同行進の指導等の前記各行為者らを本条例九条二項によつても処罰することができないのである。このように解してはじめて道路交通法と本条例とが前記各関係規定にもとづいて付する条件によつて等しく集団示威行進の方法、形態を規制し、右条件に違反する行為に関与した者を処罰しようとする場合、後者が前者よりも重い刑罰を設けた理由も首肯できよう。

そこでまず、前認定のような状況で行なわれた本件ジグザグ行進が京都府公安委員会によつてつけられた前記条件に違反する(正確にいえば、前叙のとおり一般車両、一般歩行者のうえに前説示のような事態をひきおこし、公衆の生命、身体、自由または財産にとつて具体的に危険な)行為であつたかどうかについて、以下検討する。すなわち、

前掲被告人両名の各供述を総合すると、本件第一梯団が前記交差点においてジグザグ行進を行なつたころ、同交差点付近には、東大路通で市電が一台ぐらい、自動車が一〇台未満、一条通で自動車が一台ぐらいそれぞれい合わせたことがうかがわれ、また前掲証人田中梅也の供述によると、本件集団が同交差点を行進中一般車両、一般歩行者の通行は止まつていたことおよび前掲司法巡査作成の昭和四四年一一月一四日付「集団示威行進の写真撮影結果について」と題する書面の添付写真三葉目によると、第一梯団先頭部が同交差点南端の横断歩道上にさしかかつて最終回のジグザグ行進を行なつているとき、東大路通北行自動車が同横断歩道南側で停止していたことがそれぞれ認められるから、本件ジグザグ行進が一般車両、一般歩行者の進行を阻害したことが明らかであるようにみられる。しかし、証拠をさらに精査検討するに、前記書面の添付写真二葉目によつても、第一梯団が同交差点に入り先頭部が市電北行軌道上に達したとき、同交差点西端付近で本件ジグザグ行進により進行を阻止されて停止したと認められれる車両があつたことを確認し難いのみならず、前掲被告人両名の各供述によると、第一梯団は京都大学本部構内を出発し一条通を西進し前記交差点内で市電北行軌道上に達するジグザグ行進の一回目を行なうために前進する際、同交差点の信号に従つたこと(なお、前掲司法警察員作成の昭和四四年一一月一三日付「写真撮影結果について」と題する書面の添付写真三葉目は、第一梯団先頭部が同交差点東端を通過した直後の場面であり、東大路通の信号が、その点燈状況からして、青色(進行)を表示している(道路交通法施行令三条一項参照)が、撮影された人物とくに旗を持つ者や、同梯団に対面して棒を持つ被告人らの姿勢、挙動からして前進速度はさほど大きくなく、右先頭部が一条通の信号が青色にかわるのを待つている場面とみられるから、同写真は右認定の妨げにならない。)、前記同年同月一四日付書面の添付写真二葉目も第一梯団先頭部が前記交差点南端の横断歩道の北側で最終回のジグザグ行進を行なつている場面であつて、先頭部の位置は同書面添付の写真三葉目における先頭部の位置に近接している(右写真二葉目と同三葉目とのいずれにおいても、撮影レンズの焦点距離が三五ミリメートルであるから、距離感は肉眼視の場合に比し相当誇張されている。)ので同写真二葉ともごく短時間内に相次いで撮影されたものとみられ、かつそのいずれにも遠景に北行車両の対面信号が写し出され、その点燈状況からして、ともに赤色(停止)を表示している(道路交通法施行令三条一項参照)から、いずれも東大路通の通行が一回の信号によつて停止されていた間の場面であることが認められる。このことに、前認定のように前記交差点における第一梯団のジグザグ行進が一分間ぐらいであつたことをあわせ考えると、前認定のように第一梯団先頭部が同交差点南端の横断歩道上にさしかかつて最終回のジグザグ行進を行なつているとき北行自動車がその南側で停止していたのも、その通行をジグザグ行進によつて阻害されたためでなく、むしろ東大路通の対面信号に従つたためであり、また、前認定のように本件集団が前記交差点を行進中一般車両、一般歩行者の通行が止まつていたにせよ、その台数、人数は、当時の時間帯からして、さほど多くなかつたうえ、それも交差点の信号に従つたためであつた疑いがあるのであつて、本件ジグザグ行進が一般車両、一般歩行者の通行を阻害するおそれがあつたことさえも認め難い。かりにそうでなくても、前叙のように第一梯団が前記交差点においてジグザグ行進を行なつたころ同交差点付近にい合わせたことがうかがわれる車両台数に徴しても、同行進によつて通行を阻害された一般車両、一般歩行者の数はきわめて少なく、それらの通行が同行進によつて阻害された程度はごく軽微であつたと考えられる。なお、右認定のような事態が、かりに、交通係警察官がやむなく本件ジグザグ行進終了まで前記交差点の信号の表示を手動式に切換えてこれを操作し(もつとも、その証拠はないが)、このことにもよるものであつたにしても、前認定のように同行進が一分間ぐらいであつたことに徴すると、これが一般車両、一般歩行者の通行に与えた影響はごく僅少であつたと考えられるから、右認定に消長を及ぼさない。その他、第二梯団以降の集団行進が、第一梯団のジグザグ行進の影響をうけて一般車両、一般歩行者の運行を著しく阻害し、または著しく阻害するおそれのある事態をひきおこしたことを認めるのに足る資料すら見当らない。そうすると、結局、本件においては、前記交差点における第一梯団のジグザグ行進が一般車両、一般歩行者のうえに前説示のような事態をひきおこし、公衆の生命、身体、自由または財産にとつて具体的に危険な行為であつたことを認めるに足る証明は十分でないというほかはない。その他本件顕出全証拠を精査検討しても、右認定をくつがえすに足る資料は存しない。そうしてみると、本件第一梯団の行なつたジグザグ行進が京都府公安委員会によつてつけられた前記条件に違反する(正確にいえば、一般車両、一般歩行者のうえに前叙のような事態をひきおこし、公衆の生命、身体、自由または財産にとつて具体的的に危険な)行為であつたとは断定し難い。

三、結論

本件ジグザグ行進は、なるほど前認定のように本件集団示威行進について京都府公安委員会が許可するとともにつけた条件によつて禁止した行進形態に該当するけれども、二においてるる説示したところから明らかなように、前認定のような方法によつて同行進を誘導した被告人両名を本条例九条二項によつて処罰することはできないのである。なお、前叙のとおり京都府公安委員会が京都府道路交通規則一四条(3)によつて集団示威行進を道路交通法七七条一項による道路使用許可を要する行進に定めているが、本件においては、集団示威行進のための道路使用について同規定による許可申請があり、これに対し所轄警察署長が同法七七条三項(または四項)によつて道路使用を許可するとともに付する条件としてジグザグ行進を禁止していたことを認めるに足る証拠がないから、同規定違反の罪責を被告人両名に負わせ同法一一九条一項一三号によつて同人らを処罰することができないことはいうまでもない。

以上の次第であつて、本件において、訴因である本条例違反の点は犯罪の証明が十分でないので、弁護人が主張するように本条例、あるいはその規定およびその運用の実態が憲法二一条、三一条に違反するかどうかについて判断するまでもなく、結局、刑事訴訟法三三六条により、被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡しをすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(吉川寛吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例